愛奈美の心の想いを詩とエッセイで綴ります!! <薔薇城の愛 Memorial V/ばらじょうのあい メモリアル 3/The ai Memorial of the rose Castle> / Webmart−友愛

Earth-Poem&Essay-地獄の沙汰も金次第

地獄の沙汰も金次第

Photo by ⇒Manami

 地獄の沙汰も金次第とは昔からよく言われるが、私達が生きている現代、暮らしているこの社会こそが地獄ではないのか?世の中、勝ち組だの負け組だのと騒いでいるが、今更そのようなことを言わずとも、資本主義社会では連綿として続いていてきたものでしょう。

 私達が生きるこの社会は昔から貧乏人、金がない者は生きていけない社会でしょう。最近の社会はその傾向が顕著に表れて、ニュースになるぐらい権力者や金の亡者が猛威を振るっているのではないでしょうか?

 自分たちの価値観にそぐわないといって他者を排除し、多様性を認めることが出来ない人々の如何に多いことか。そうして仕事からも追われ、生活の糧を得ることすら難しい人々の如何に多いことか?世の中の勝ち組と言われる人々はこの様に排他的に弱者を切り捨て、食い物にし、社会は我が物と言わんばかりの自分の私利私欲に地道を上げている。

 他方、職場から追われ生活も困窮する者は、何とか生き延びるため、食いつなぐため、生活の糧を得るべく必死にもがくが、それらを打ちのめすような国と自治体の政策!!世の人々よ、社会を構成する市民よ、本当にこのままでよいのか?弱者切り捨ての行政がまかり通って良いのか?今、勝ち組と思っているあなた、あなただっていつ何時負け組に転落するかもしれないよ。交通事故で身体障害者になったとたんあなたはその時点で負け組に転落する。鬱病などの一寸した精神的病に襲われただけで、あなたは負け組に急行直下だよ。社会はそんなに甘くは無いよ。

信じられない本当の話、

 私は今年の春にある病院で診療拒否を受けた。もちろん抗議したが取り合ってもくれない。公共の病院と思いそこにも足を運んでみたが、そこでも門前払いを受ける始末。そこで市長や知事に対して調査と対応策を申し出たが・・・。おなざりのいい加減な対応で、お金のある者の言い分をすんなりと認め、まるで私が悪いかのようなけんもほろろの対応には閉口してしまう。(性同一性障害と言うことがそんなも悪いことなのか?社会に存在してはいけないのか?体への影響を知りながら排除され続けなければいけないのか?)議会に陳情書を出そうと思ったが、黙殺されて議題にも上らないからと元議員さんに言われ、為す術がない私。

 一方、こんな話も耳に入ってくる。年間所得が90万円の自営業者が健康保険の税額がなんと年間13万数千円だという。健康保険税を支払うと73万円で1年間暮らさなければならない。仮に住居費3万円とすると、これだけで年間36万円の出費になる。残り37万円で、光熱費、衣食費を賄わなければならない。最低の文化的生活を送れるようにと規定された生活保護者よりも少ない収入でどうやって暮らしていけるのか、とても疑問に思う。生きるために必死で稼いだ僅かな生活の糧(収入)。しかし、この僅かな収入がその人の不幸を生み出している。

これではお国のためにあなたの労働力と命を差し出しなさいと言っていることと同じではないのか?こうして弱者は生きていくことに絶望し気力を無くしていくのである。

 こんな事は何も最近になって始まったことではない。過去から連綿として続いてきた政策である。弱者は社会的な声を上げない事をいいことに、弱者の言うことや訴えには耳を貸さずに、強者の論理で虐げ続けてきたのである。そして貧困者はわが国には居ないと言い続け、無視と蔑視の目で排除し続けてきた事でもある。社会的に排除されたこれらの者たちはいかにして生きていけばよいのか?昨今のワーキングプアと呼ばれる一群も強者の論理で搾取を続けてきた結果の果てに起こっていることである。国や自治体、企業は今こそ反省し、これらの政策を改め、本当の社会的弱者にスポットを当てた政策が必要だろう。そこから荒んだ今の社会が立ち直っていくことが出来るであろう。活力にあふれ、生き生きとした、未来明るい社会は政策の根本を見直さなければ実現できるものではない。

 この様に社会的に排除された者が生きていくのは至難の業である。もし病気になっても病院へ行くことすら出来ないのが現状である。病状は次第に悪化し、死を待つのみである。性同一性障害当事者にとっても、性同一性障害を理由にこそしないが、その根底ではあうんの呼吸で性同一性障害に由来する職場や地域社会からの排除が蔓延している現実は見逃すことが出来ないであろう。現実的にパートや派遣労働で日々の生活を凌いでいる者の如何に多いことか?当然の事ながら健康保険に加入していない者も多いであろうと想像できる。普段でも性同一性障害故に医療現場から排除されがちな性同一性障害者は、一旦病気になっても病院へ行くことをためらう者も非常に多く、既に手遅れになることも多々ある。それに拍車を掛けるのは健康保険を持たずに、収入も少なく病院へ行くことすら出来ない事も上げられるであろう。この様に性同一性障害当事者はなかなか医療の恩恵に与ることが出来ないといった現実は無視してはならないであろう。

 さらに性同一性障害の治療をおこなおうと思ったら、一生続くホルモン療法と副作用の検査とその費用。心と体の性を一致させるべくおこなわれる外科的治療。これらの治療費はその殆どが高額なのだ。一旦職場から追われ収入が少ない者にとってはその高額な治療費を捻出することが出来ずに、相当の長期間、或いは一生心と体の違の狭間で悩み、苦しみ続けることになる。これらの諸問題は生まれたときから格差が生じていることに他ならない。生まれながらにして持っているこれらの格差をいったいどのようにして克服したらよいのだろうか?

皆さんも、此処で考えて欲しい

 この様に資本主義社会とは所詮格差社会である。民主主義とは所詮強者の論理である。弱者は排除され続け居場所を無くしてしまう。金の亡者が搾取を続け、貧民を数多く生み出す社会でもある。一部の者たちが恩恵を最大に受けている今の日本社会は、このままの状態で良いのだろうか?

・金だけが全てではないはず。金が有るばかりに不幸な人もいる。
・金がないから不幸な人多い

地獄の沙汰も金次第というが、
   私達が暮らすこの社会こそ地獄ではないのか?

Date:平成18年8月3日 記
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愛奈美の空飛ぶ船
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